三国志の主人公はなぜ劉備なのでしょうか?
一応劉備が主役ですよね?
なぜ曹操や孫権ではなかったのでしょうか?
権力者、民衆からどちらが好まれ、とちらが嫌われたのかを考えれば、劉備が主人公なのは当然でしょう。
権力者から見れば、曹操(魏)は家臣の身でありながら皇帝から地位を奪った反逆者であり、それを正統とする事は家臣の反逆を容認するようなものですから、認められるわけがありません。
一方劉備は、傍流とは言え皇族の一員であり、帝位に就いたのも魏が献帝から帝位を簒奪した後なので、一応王室復興という大義名分が成り立ちます。
また曹操は、近年英雄として賛美される傾向が強いですが、徐州で無関係な民衆を大量に殺した虐殺者である事も事実です。
正史で無辜の民衆を虐殺したのは、曹操の他には董卓、李確、郭シと言った悪名高い連中だけであり、その事実を考慮すれば、曹操が民衆を救った英雄、と言いきるのはいささか無理があります。
一方劉備は民を酷く扱った事は無く、逆に曹操が荊州に攻め寄せた際は十万もの民が劉備に付いて来ており、劉備も曹操が迫り、生死の境目にありながら、十万の民衆を見棄てませんでした。
民衆の人気が曹操、劉備のうちどちらに集中するかは、考えるまでも無いでしょう。
孫権に関しては、曹操のように最大勢力を誇り、献帝を擁立していた訳でも無く、劉備のように皇族でも無く、大義名分が全く無い状態で帝位を僭称しており、また曹操のように画期的な統治を行ったり、劉備のように民に慕われたという訳でもないので、主人公にするのは無理があるでしょう。
最後に中国の英雄観も大きく関係しているでしょう。
中国では、「君子は器ならず」という言葉に表されているように、英雄は有能な「器(道具)」では無く、「器」を使いこなす人物であるという考え方があります。
そう考えれば、自身も有能だった曹操よりも、自身は無能でありながら、関羽、諸葛亮らの有能な人物を使いこなした劉備の方が、中国人にとっては理想の英雄像だった訳です。
三国志と並ぶ四大奇書である「水滸伝」の主人公「宋江」は、人徳だけが取り得の人物であり、「西遊記」においても、徳の高い高僧というだけで、役立たずに等しい「三蔵法師」が主人公である事からも、その事が分かります。
上記の事から考えれば、三国志の主人公として劉備が最も相応しいのは間違いないと思います。
劉備が漢室の末裔であるというのが一番大きな理由です。
が、これは「三国志」ではなく「三国志演義」という物語の上での話です。
考えてもみて下さい。
歴史に主人公っていませんよね?
「三国志演義」は「三国志」という歴史書を基にしたフィクションであり、ややこしいので間違える人が多いです。
質問者様の仰られる「三国志」とは「三国志演義」の事ではないでしょうか?
吉川英治の三国志も三国志演義ですよ。
それは、演義での話が一般的だからですよ。
最近は演義系以外の話も多くなっていますよね。
たとえば「蒼天航路」なんて、曹操が主役ですし。
あとは、作者の好き好きなとこもありますよ。
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